怠慢プログラマーの備忘録

怠慢でナマケモノなプログラマーの備忘録です。

転職しました🎉

前置き

※本記事はあくまで個人的な備忘録的な意味合いが強く、何かしらの宣伝目的や意志の主張・強調するものではありません。またもちろんのこと特定の人物や組織を揶揄する意味も持ちません、あくまでも個人的なその当時の気持ちや考えていたことを書き記したものです。
よってここに書かれていることは全て個人的な見解であり、所属する・所属していた組織等の公式な見解ではございません。

本編

入社から1週間程経過してしまいましたが、2020年6月1日よりフラー株式会社に入社しました🎉

fuller-inc.com

共創事業のiOSエンジニアとしてjoinすることになりました。

www.kyoso-studios.com

(実はiOSエンジニアという専属の肩書きで組織に入社・joinするのは初めてです。笑)

なぜ前職辞めたの?

※しつこいくらいに言っておきますが、前職自体やその事業内容・方向性を揶揄・否定するつもりはありません。あくまでも自分が思うのと違ったから自分の思うことをやってみたいくらいの気持ちです。なので単純に少し違う意図や方向性になっただけでよくある話だと思ってます。折角ご縁があって在籍していた会社なのでその会社のサービスを応援したい気持ちもありますし、自分もいまだに定期的にそこのサービスから商品を購入してます。 前職が適性の人がいたらぜひ薦めたいくらいいい人達がたくさんいました。

(自分が思う)開発の実現性が低くなった

下記に詳しく書きますが、安価で即席のものを作るのは自分の意図とは反していました。
メインとなる事業がホームページなどを作る制作でしたが県内では相場をみても金額帯は安価ではなかったと思います。
ただアプリ開発となるとその相場自体が異なるため金額帯が大きく変わります。
ホームページの金額帯でも高額と感じ失注となるクライアントが多い中でアプリ開発は夢のような話にも思ってました。
そもそも安価なアプリを作る気持ちがない自分と、安価なソフトウェアを求めてるクライアント層の多い地方圏での事業を目指す会社とで方向性が異なる状態が発生しました。(ソフトウェア・アプリでの相場という観点なので他の商材での相場感で安価なものを求めているクライアントだけではないですよ)

それによって今後開発という観点での事業スケールの優先順位は必然的に後回しな状況が続き、個人的なキャリアを見ても将来性が不安になったのが理由です。

地方創生

個人的に新潟の地方創生がしたくてたまらない!※という訳ではないのですが、やっぱり自分が育った地域が豊かになって欲しいなとは思っています。

(※だってあきたこまちだってコシヒカリくらい美味しいし、越後姫よりあまおうで育った人間なので。他の地域も公平にみています。笑)

テレビで新潟が出ればやっぱり自然と見ちゃいますし、情報格差問題とかで地方の代表格として新潟があげられたりするのも面白くはないです。

ただほとんどの物事の流行や知見、技術の発信源は国内であれば首都圏、世界で言えば先進国であることは致し方ないです。(それだから稀に発展途上国や地方からおもしろい技術が生まれると注目もされるんだと思います) 地方創生をかなえるのであれば、首都圏の情報のキャッチアップが必然になるのは技術界隈ですら前提条件となっていることから薄々感じるようになりました。

その中で地方圏主体で事業展開を目指す方向性にプログラマーとしての情報格差への不安を感じ、他のアプローチの方が「地方創生」がうまくいきそうと考えはじめたので、そういう人たちに少しでも協力できればと思い転職となりました。

なぜフラーなの?

フラー社のことは前々職の新卒で入社したSIer時代から知っていました。

中の人達とも前職の時から仲良くしてもらっていたこともあり、前職にいた時からプレスリリースなどの情報は常に気にしていました。

新潟という田舎の場合、iOS/Androidのモバイルエンジニアと呼ばれる人は数えられる程しかいない中で、新潟の会社とは考えられないほど優秀なエンジニアさんたち多くいる会社です。モバイルエンジニア以外の職種に関しても優秀なフロント・サーバーサイド・インフラエンジニアさんがいますし、その他のディレクター・デザイナーさんやそれに携わる人たちも揃っているので首都圏の会社と同じスキームで開発が行える環境にあると思います。

入社を決めた理由を一言でいうと「新潟で首都圏と同じスキームで開発ができるのであればそれに越したことはない」かと思います。

個人的なキャリアの面で前職時代から相当常に悩んで、首都圏に出ようかとかフリーランスに転身しようかとか色々考えていましたが、以下の理由で決めました。

専属性が欲しい

今まで人材面の都合から前々職・前職から様々な方面の開発をすることを余儀なくされていたことが多かったです。iOS/Androidはもちろん一般的なソフトウェア作る過程でRDBのチューニングをやってみたりAWS/GCP触ったりWebフロント(SPAおろかホームページ制作とかも)やってみたり、プログラマーの敷居を超えてビジネスフロント、ディレクションもやったりとしてました。

もちろん幅広い知見が身についたというポジティブな観点もありましたが、確実に本来やりたかったアプリ開発からは遠のいているのを実感していたことも事実でした。

(個人的な見解ですが)よく巷で使われる「なんでもできる人」は天才で本当になんでもできる人か「なんでも広く浅く手を出す人」だと思った上で自分は間違いなく天才ではなく、一方「広く浅く」は職種上少し危険な感じもしたことから、本格的にiOSに戻りたいという意志が強かったです。

(実はAndroidでもいいかなとも思っていたのも事実です。笑 モバイルアプリが好きなのでどちらでも自分的にはいいなというスタンスでしたが、今までのキャリア的な所を考えるとiOSの方が経験長く即戦力的な意味でiOSの方が近いかと思いiOSエンジニアとしてお願いをしました。笑)

安価で雑なアプリの存在

前職でモバイルアプリ開発の依頼が不定期に来ていたのですが、予算が数十万円とログイン画面作れるか作れないかぐらいの工数の金額帯の話が多かったです。それの主な原因が地方でいまよく見かける「初期費用無料でスマホアプリが作れます!」のような謳い文句のいわゆるテンプレートWebViewアプリが増加してきたのがあるかと思っています。 個人的には安価で作られた「アプリの意味がないアプリ」はそれを作る人・その事業をする組織・それを注文した組織・それを使う人の誰を考えても存在しなくてもいいんじゃないかぐらいに思ってます(短期的な費用面ではもしかしたらいずれかであるだろうけど中長期的な観点で意味がないはず)。 残念ながら地方では特にそれが多く存在していて、その土俵でアプリを作るのは自分の意図と反していました。

フラーがそのようなアプリを作らないことはフラーが開発したアプリを見れば確信できていました。

勤務形態の柔軟さ

これは別途書くかもしれませんが、これまでもそしてこれからも少なからず副業的な感じで個人事業経由で業務委託なりを可処分時間を利用してできる限り継続して行くつもりです。その上で勤務形態の観点は外すことはできませんでした。

昨今のコロナの影響もあり、新潟でも全体的にリモートワークに関して少し見直されている雰囲気はありますが、フラー社はそれ以前よりリモートワークやコアタイム前提のフレックスが導入されていました。 これらの導入ハードルは組織的には決して低いものではありませんが、それらをクリアするだけのワークフローや文化形成が既に構築されていたので、両立が可能だと判断しました。

これから頑張ります

20代後半にもなり時間的にも体力的にも脳みそ的にも無茶をしても融通がきくのもあとわずかな気がしてます。

その中で自分がどんな役割を果たせるのか模索して楽しんでいきます。